私は、英語を教えることが好きです。
でも、もっと好きなのは、学ぶことそのものなのだと思います。
英語を教えるようになってからも、分からないことが出てくるたびに調べてきました。
英文法を学び直し、英文を読み直し、どうすれば生徒に伝わるのかを考える。
昨日まで分からなかったことが、今日は分かる。
以前は何となく使っていた英語の中に、「こういう仕組みだったのか」と新しい発見がある。
年齢を重ねても、自分の中にまだ成長できる部分がある。
それが、私は楽しいのです。
だから、生徒たちにも学ぶことの面白さを知ってほしいと思っています。
私が英語を学び始めた理由は、最初から「将来役に立つから」ではありませんでした。
海外の映画や小説が好きでした。
自分が暮らしている町にはいない人たち。
違う文化。
違う言葉。
違う考え方。
それが本当に存在するのか、自分の目で確かめてみたかった。
そして、狭い世界の中で「世の中はこういうものだ」と大人から教えられることに対して、
「本当にそうなのだろうか」
と、自分で確かめてみたい気持ちもありました。
もっと外の世界を見たかった。
諦めたくなかった。
満足してしまいたくなかった。
それが、私が海外へ出た大きな理由の一つだったと思います。
高校卒業後、ニュージーランド、そしてアメリカへ。
海外で長い時間を過ごし、大学で学びました。
英語が完璧になってから海外へ行ったわけではありません。
むしろ、分からないことだらけでした。
だからこそ、
「言葉を学ぶということは、世界を知ることなのだ」
という感覚を、自分自身の経験として持っています。
アメリカの大学では、アルバイトでアメリカ人の学生に数学を教えていました。
当時の私は、英語を自由自在に話せたわけではありません。
難しい言葉を使って説明することもできない。
だから、絵を描いたり、
別の例を出したり、
自分で新しいルールを考えたり。
どうすれば相手に伝わるのかを必死に考えました。
そして、自分の説明で相手が
「ああ、そういうことか」
と理解してくれたときが、とても嬉しかった。
振り返ってみると、私はその頃から、
「教える」ということが好きだったのだと思います。
帰国後、知り合いの子どもたちに英語を教えることはありました。
でも、それを一生の仕事にするとは考えていませんでした。
その後、さまざまな仕事を経験しました。
翻訳や通訳。
介護や障がい者支援。
農業。
通信制高校。
そして英語教育。
40代になって農業をしていた頃、体調を崩し、仕事を探さなければならなくなったことがあります。
自分にできて、体にも無理のない仕事。
そこで思いついたのが、英語を教えることでした。
近くの学習塾で働き始めました。
そこで出会った一人のベテラン教師の授業に、私は衝撃を受けました。
京都大学出身のその先生は、英語を感覚だけで教えていませんでした。
英文法を理論的に説明し、
「なぜそうなるのか」
を、生徒が理解できるように教えていました。
私は脱帽しました。
そして初めて、
「自分は英語を使ってきたけれど、英語を本当に理解しているわけではない」
と気づきました。
その先生に勧められ、英文法の参考書を買いました。
そして、生徒に教えるために必死になって英語を学び直しました。
その後、大きな英会話・学習塾でも働きました。
小学生の英会話。
中学生の英文法。
高校生の大学受験。
さまざまな生徒を教えることができました。
長野県の高校についても学びました。
保護者との対応や、教室運営、営業についても経験しました。
たくさんの生徒や保護者の方と出会えたことは、今の私にとって大きな財産です。
ただ、そこで感じたこともありました。
教室を運営するためには、売上や生徒数も大切です。
保護者対応や会議など、教師としての仕事以外にも多くの仕事があります。
その環境の中で、私はいつしか、
「自分は本当に英語を教える力を伸ばせているのだろうか」
と思うようになりました。
もっと英語を学びたい。
もっと生徒一人ひとりを見たい。
もっと責任を持って教えたい。
そう考えるようになりました。
2018年、長野市で自分の教室を始めました。
大きな塾にしたいとは思いませんでした。
たくさんの生徒を集めることだけを目標にもしていません。
むしろ、
生徒数が多くなくても、自分が一人ひとりに責任を持って教えられる教室
にしたかった。
そして、自分自身も教師として学び続けられる場所にしたかった。
それが、今のティーダ英語教室につながっています。
私は小学生に英文法を説明するとき、英語を「電車」にたとえることがあります。
文の方向を決めるS。
電車を動かすエンジンのV。
OやCは、運ばれていく荷物。
そしてM、修飾語は、その電車に乗っている世界を豊かにします。
どんなペンなのか。
どのように走るのか。
なぜ走るのか。
どこを走るのか。
同じ出来事でも、人によって見えている世界は違います。
修飾語は、その違いを英文の中に持ち込むことができます。
そう考えると、英文法は単なる試験問題ではありません。
一人の人間が見ている世界を、言葉として相手に渡すための仕組み
にも見えてきます。
倒置や接続詞なども、単なる「文法問題」としてではなく、
「話している人が、何を強調したかったのだろう」
と考えると、話し言葉と英文法がつながって見えてきます。
私は今でも、英文法の説明を作り直しています。
もっと分かりやすくできないか。
もっと英語そのものの面白さを伝えられないか。
そう考え続けています。
英語を学ぶ目的は、人によって違います。
英検に合格したい。
定期テストで点数を上げたい。
難関大学へ行きたい。
海外へ行きたい。
大学で英語の文献を読みたい。
どれも大切です。
でも、その先に一つだけ共通して持っていてほしいものがあります。
「自分は学ぶことができる」という感覚です。
英語ができる。
数学ができる。
スポーツができる。
絵が描ける。
何でもいい。
子どもの頃に、
「自分には、これならできる」
と思えるものが一つあることは、とても大きなことだと思っています。
それが心の余裕になり、自分を支えてくれることがあります。
私は子どもの頃、自分のいる世界の外側を見たかった。
海外へ出て、実際に自分の目で見て、
「自分が知っていた世界だけが世界ではなかった」
と知りました。
だから、生徒たちにも英語を単なる受験科目として終わらせてほしくありません。
英語を通して、
自分とは違う人に出会う。
違う文化を知る。
自分が知らなかった考え方に触れる。
今まで読めなかったものが読めるようになる。
そして、
「自分の世界は、まだ広げられる」
と思ってほしい。
年齢を重ねると、普通は「もう成長しない」と思うのかもしれません。
私はむしろ逆だと思っています。
分からなかったことが分かるようになる。
昨日できなかったことが、今日はできる。
新しい考え方に出会う。
自分の世界が少し広がる。
これは、とても幸運なことです。
だから私は、今でも学ぶことを楽しんでいます。
そして、できることなら、
生徒たちにもその幸運を味わってほしい。
英語を教えることを通して、そのきっかけを作れたらと思っています。
英語が得意でなくてもいい。
最初から勉強が好きでなくてもいい。
すぐに結果が出なくてもいい。
ただ、
「まだ知らないことがある」
ということを、面白いと思ってほしい。
そしていつか、
「もっと知りたい」
「自分で調べてみたい」
と思ったときに、
その気持ちを支えてくれる英語が身についていてほしい。
私は、そんな英語を教えたいと思っています。
英武(eibu)先生
高校卒業後、8年間、ニュージーランド・アメリカへ留学。
帰国後は日本の大学にて翻訳、フリーの通訳、カフェの立ち上げ、老人介護職員、障がい者生活支援員、有機農業、通信制高校職員、英会話講師、進学塾英語講師など日本全国、様々な職や人と触れ合いながら見識を深める。
2018年に長野市にて学びの空間を立ち上げる。
沖縄にて沖縄小林流空手武聖館照屋建館長に師事。
University of Hawaii at Manoa(ハワイ大学) B.A.
神戸大学大学院文化人類学修士
介護福祉士
沖縄小林流空手道武聖館テルヤ長野支部支部長
志奈(shina)先生
4歳よりクラシックバレエを始める。
18歳でロンドン留学、シアターダンス、ジャズダンスと出会う。帰国後 東京にて数々のジャズダンス公演に参加。
2000年渡米、コンテンポラリーダンスを学びソロで舞台を中心に活動。
2015年より長野にてBallet Pas De Chat主宰。
沖縄にて沖縄小林流空手武聖館照屋建館長に師事