<ティーダ英語教室の考え>
ー学ぶことは、楽しい。
私は、生徒たちにそう伝えています。
英語を勉強するから楽しい、という意味ではありません。
知らなかったことを知る。
昨日まで分からなかったことが、今日は分かる。
一つのことを知ったことで、今まで見えなかったものが見えてくる。
その瞬間が、私は好きなのです。
人間は、きっとそうやって世界を広げてきたのだと思います。
「なぜだろう?」
「もっと知りたい。」
「本当にそうなのだろうか?」
そんな知的好奇心が、科学を生み、技術を生み、文学を生み、文化を育ててきました。
今、私たちが使っているAIも、その延長にあるのではないでしょうか。
だから私は、英語を「受験のためだけの科目」にしたくありません。
英語を学ぶことを通して、
学ぶことそのものの楽しさを知ってほしい。
それが、ティーダ英語教室の出発点です。
英語は、世界への扉になる。
私自身、若い頃に海外へ出ました。
それまで自分が暮らしていた場所の外には、どんな世界があるのだろう。
海外の映画や小説が好きでした。
そこに出てくる人たちや文化は、本当に存在するのだろうか。
自分の目で確かめてみたい。
そんな気持ちがありました。
英語は、私にとって「学校で習う教科」ではありませんでした。
知らない世界へ行くための道具でした。
英語が分かるようになると、今まで日本語では触れられなかった情報に出会える。
違う文化の中で暮らす人の考え方を知ることができる。
自分とは違う価値観を持つ人と、直接話すことができる。
そして、自分自身の世界も広がっていく。
だから私は、
英語を学ぶことは、世界を広げること
だと考えています。
子どもには、それぞれの「時」がある。
すぐに勉強が好きになる子ばかりではありません。
英語に対して積極的な子もいれば、受動的な子もいます。
宿題をやる子もいれば、なかなか取り組めない子もいます。
私は、そこで子どもを決めつけないようにしています。
「どうしてこんな簡単なことができないの?」
とは言いません。
できない理由を一緒に考えます。
必要なら、もっと簡単なところまで戻ります。
逆に、簡単すぎると感じている子には、少し難しいものを渡します。
そして、待ちます。
私は、子どもにはそれぞれ、
自分から学び始める「時」
が来ると思っています。
それは、教師が無理に作るものではありません。
本人の中から生まれるものです。
だから私の仕事は、子どもを無理に変えることではないと思っています。
その「時」が来たときに、
学びたいと思えるものがそこにあること。
「もっと知りたい」と思ったときに、次へ進める道が用意されていること。
そして、その瞬間を見逃さないこと。
それが教師の役割なのだと思っています。
知りたい子には、子ども扱いをしない。
私は、知的好奇心の強い子どもが好きです。
小学生でも、興味を持っていることについては高校生と同じように話します。
難しい言葉を使うことを恐れません。
知らない言葉を知りたいと思っている子に、
「まだ小学生だから」
と世界を狭くする必要はないと思うからです。
授業中の質問。
間違えたときの反応。
宿題への取り組み方。
何気ない雑談。
そうしたところに、その子の「学ぶことへの姿勢」が表れることがあります。
そして、真摯に学ぼうとする子には、こちらも真剣に応えたい。
だから、知りたい子には、知りたいだけの世界を渡したいと思っています。
英語は、ただの暗記ではない。
私自身、英語を教えるようになってから、英語という言語を改めて面白いと思うようになりました。
例えば、英文を一つの「電車」のように考えることがあります。
Sはハンドル。
Vはエンジン。
OやCは、その電車が運ぶもの。
そして、形容詞や副詞などの修飾語は、
その電車に乗る情報を豊かにしていきます。
「どんなペンなのか。」
「どのように走ったのか。」
「なぜ走ったのか。」
「どこで走ったのか。」
そこには、その人が見ている世界があります。
文法を学ぶということは、
単にルールを暗記することではありません。
人間が、どのように言葉を使って世界を切り取り、
相手に伝えているのかを知ること。
そう考えると、
英文法はとても奥深いものになります。
だから私は、今でも英文法の説明を考え直します。
もっと分かりやすくできないか。
もっと本質に近づけないか。
生徒に伝えたとき、
英文が以前とは違って見えるようにならないか。
英語を教えることは、
私自身が英語を学び続けることでもあります。
「英語ができる」を、点数だけで決めない。
もちろん、テストの点数や英検の合格は大切です。
努力の結果が数字として表れることには、
大きな意味があります。
しかし、
点数が低い=英語ができない
とは限りません。
逆に、
点数が高い=英語を本当に使える
とも限りません。
私は生徒たちに、
「100点を取らなければならない」
という考え方だけを持ってほしくありません。
分かる問題を見つける。
分からないところを見つける。
なぜ分からないのかを考える。
必要な知識を調べる。
そして、もう一度挑戦する。
そうやって少しずつ、
自分で学べる人
になってほしいと思っています。
英語を嫌いにならないことも、成長です。
子どもの頃から英語を学んでいても、
中学生、高校生になると、
英語が「点数をつけられる教科」になっていきます。
そこで、それまで好きだった英語が
嫌いになってしまうことがあります。
私は、それをとても残念なことだと思っています。
もちろん、
試験に向けて努力することも必要です。
難しい問題に挑戦することも必要です。
でも、その過程で、
「自分は英語が苦手な人間だ」
と決めつけてしまってほしくない。
できない問題があることと、
英語ができない人間であることは、
まったく別のことです。
だから私は、生徒が間違えたときにも、
その間違いを責めるのではなく、
「なぜここで迷ったのだろう」
と一緒に考えます。
最後には、自分の力で学んでほしい。
教師がずっと隣にいるわけではありません。
高校を卒業すれば、
それぞれの世界へ進んでいきます。
大学へ行けば、
英語の論文や専門書を読むこともあるでしょう。
社会に出れば、
自分で必要な情報を探さなければならないこともあります。
そのとき、
「先生に教えてもらわないと分からない」
ではなく、
「分からないけれど、自分で調べ・考えてみよう」
と思える人になっていてほしい。
だからティーダ英語教室では、
英語の知識だけではなく、
学び方そのもの
を身につけてほしいと考えています。
世界は、変わる。
私自身、これまで何度も、
自分の世界が変わる経験をしてきました。
海外へ出たこと。
英語を教え始めたこと。
素晴らしい先生に出会ったこと。
自分にはまだ知らない英語があると気づいたこと。
そして、自分で教室を始めたこと。
そのたびに、
「自分が思っていた世界が、すべてではなかった」
と気づきました。
だから子どもたちにも、気づいて欲しいんです。
今いる場所だけが世界ではない。
今できないことが、
これからもできないとは限らない。
知らない世界は、まだたくさんある。
そして、
自分から学ぶことで、
その世界へ近づいていくことができる。
私は、その可能性を信じています。
ティーダ英語教室が、子どもたちにとって、
「世界はもっと広い」
と感じるきっかけの一つになればと思っています。
学ぶことは、幸運です。
知らないことを知ることができる。
考えることができる。
新しい世界を見ることができる。
それは、とても幸運なことだと思います。
だからこそ、
せっかく学ぶのなら、楽しんでほしい。
私は、これからも英語を学び続け、
教え続けます。
そして生徒たちにも、
英語を通して、
「学ぶって、面白い。」
そう感じてもらえたらと思っています。